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神戸地方裁判所 昭和33年(行)5号 判決

原告 五十嵐リン

被告 兵庫県知事

訴訟代理人 今井文雄 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三二年八月三〇日原告に対しなした、昭和三二年五月二三日付原告申請の姫路市山野井六二番地における公衆浴場営業許可申請に対する不許可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、姫路市山野井六二番地において公衆浴場を新設し、昭和三二年五月二三日付書面をもつて被告に対し、公衆浴場営業の許可を申請したところ、被告は原告申請の浴場設置場所と近接する姫路市小利木町三〇番地にある既許可公衆浴場倉敷湯(営業主株式会社倉敷旅館)との距離が一六〇米であつて兵庫県公衆浴場法基準条例(以下、単に条例という)第二条所定の二〇〇米の制限距離内にあるとの理由で同年八月三〇日付をもつて不許可処分(以下本件不許可処分と称する。)をなし、その通知は同年一一月一五日原告において受領した。

二、しかし右倉敷湯に対する営業許可は次の理由により失効している。即ち、

(1)  倉敷湯に対する営業許可は、昭和三一年二月一一日付を以て、一年以内に釜を差込み式にし且つ男女浴槽の湯が交流せぬ様に改造してこれを被告に報告すること、もし右期間内に右条件を履行しないときは許可は自動的に失効するという解除条件と期限を付してなされたものである。しかも右解除条件は条例を以て公衆浴場の建築構造に必須要件として要求されているので、被告は公衆浴場の営業許可をなすには前記条件を附款とするのでなければ許可できないという拘束を受けているのである。しかるに倉敷湯は右期間内に右条件を履行しなかつたので、同浴場に対する被告の営業許可は右解除条件の成就によりその効力を失うに至つた。

(2)仮に、右主張が理由がないとしても、倉敷湯は昭和三二年五月一日火災によりその浴室全部、浴場全部、脱衣場半分及び浴場二階全部を焼失し、玄関及び脱衣場半分が焼け残つたのみで公衆浴場としての機能を喪失したのであるから、同浴場に対する営業許可は右焼失により効力を失つたものというべきである。

三、従つて倉敷湯は右の如く既にその営業許可は効力を失つているのであるから、株式会社倉敷旅館は、その後倉敷湯を経営するためには新に営業許可を受けるべきであるのに拘わらず、その許可を受けないで昭和三二年六月一五日その焼跡に公衆浴場を新設し営業している。そうすると原告の前記公衆浴場営業許可申請当時、原告申請の浴場の設置場所より条例所定の制限距離内に営業許可を受けた公衆浴場は存在しないことになるから、右制限距離内に既許可公衆浴場として倉敷湯が存在するとを理由とする被告の本件不許可処分は違法である。

四、本件不許可処分の右瑕疵は、憲法上保障されている原告の営業の自由を侵害する重大且つ明白な瑕疵であるから本件不許可処分は無効である、よつてその無効確認を求めるため本訴に及んだ。

と述べ、

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実については原告が昭和三二年五月二三日付書面で原告主張のような営業許可の申請をしたこと、及びこれに対し被告が同年八月三〇日付文書をもつて不許可の処分をしたことは認めるが、その他の事実は否認する、右不許可処分は同年九月四日書留郵便をもつて原告宛に発送し、遅くも同月六日には原告に到達している、又右不許可処分の理由は、原告申請の浴場設置場所と近接既許可公衆浴場倉敷湯との最短直線距離が一三五メートルに過ぎないため条例第二条所定の制限距離二二〇メートルに牴触することを理由とするものである。

二、同二の事実について。

(1)  被告が倉敷湯に対し営業許可をなした際附款として許可の日より一年以内に釜の構造を送り込み式又は男女別二本差込式に改造することを命じたことはあるが、右附款は原告主張のような解除条件ではなく、行政法学上のいわゆる負担であつて、その不履行によつて当然に右営業許可が失効するものではない。(なお、倉敷湯の営業主は後日右改造命令を履行している。)又公衆浴場営業許可申請に際し、浴場の構造設備上の見地から営業の許可不許可を決すべき場合には、公衆浴場法は条例上の基準を要求しておらず、被告の自由裁量に委ねていると解されるから、被告は前記附款を解除条件としなければならない拘束を受けているのではない。

(2)  倉敷湯が原告主張の日に失火により一部焼失したことは認めるが、右焼失部分は浴室の四方の隔壁の一部と天井、脱衣場の天井の三割程度に過ぎず、その余の部分は焼失を免れたのであるから、火災前後の同浴場の設備は同一性を有し、右一部焼失は同浴場に対する営業許可の効力を失わしめるものではない。

三、従つて倉敷湯に対する営業許可の失効を前提とする原告の主張は理由がなく、被告の本件不許可処分には何等の瑕疵はない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、原告が昭和三二年五月二三日付書面をもつて、被告に対し姫路市山野井六二番地における公衆浴場の営業許可を申請したところ、被告が同年八月三〇日付で不許可処分をしたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第三号証、証人溝口八郎(第一回)の証言によると、右不許可処分の理由は、原告申請の公衆浴場の設置場所と既許可公衆浴場である姫路市小利木町三〇番地所在の倉敷湯との距離が一三五メートルで条例第二条所定の制限距離内にあるということを認定できる。

二、そして、公衆浴場法第二条に基づく公衆浴場の設置場所の配置についての兵庫県における基準は、条例第二条によると、市にあつては既許可公衆浴場との最短直線距離が原則として二二〇メートル以上あることを要することになつているところ、原告は本件不許可処分の前提となつた公衆浴場倉敷湯(営業主、株式会社倉敷旅館)に対する営業許可は原告の本件許可申請当時既に失効していたから、原告申請の公衆浴場は条例第二条所定の制限距離に反しないと主張するので、倉敷湯に対する営業許可の効力について判断する。

(1)  原告の解除条件の主張について

成立に争のない乙第一号証によると、倉敷湯に対する営業

許可は申請人、株式会社倉敷旅館の昭和三一年一月一五日付申請に対し同年二月一一日付でなされ、右許可書には、許可の条件として、「許可の日より一年以内に釜の構造を送り込み式又は男女別二本差込式に改造すること」という記載があることを認めることができる、しかしながら、右許可書記載の許可条件は、申請人株式会社倉敷旅館に対し、公衆浴場の営業許可に付随して、右のような改造の義務を命じたにすぎない、いわゆる負担であつて、原告主張のような解除条件ではないと解するのが相当である。

原告は、被告は公衆浴場の営業許可に際し右のような改造命令を解除条件として付さなければ許可し得ない拘束を受けているのであるから、右許可の条件は解除条件であると主張するが、公衆浴場法によれば被告が原告主張のような拘束を受けているとは解することはできず、又原告の提出援用の全証拠によるも前記許可の条件を解除条件と認定することはできない。

(2)  倉敷湯の焼失による営業許可の失効の主張について、

成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一、二、証人溝口八郎(第一回)の証言を総合すると、倉敷湯は昭和三二年五月一日補助釜の煙突の過熱が原因で発火しその釜場及び浴室の大部分及び脱衣場の天井の一部を焼失し、倉敷湯の施設は右焼失により浴場としての機能を喪失したことが認められる。右認定に反する証人西門勇作、多田雪夫の各証言部分は措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。そして公衆浴場の営業許可はいわゆる対物許可であるから株式会社倉敷旅館に対する倉敷湯の営業許可の効力は右施設の焼失により消滅したものと解する。しだがつて、その後は、既許可公衆浴場としての倉敷湯は存在しないものということができる。

三、すると本件不許可処分は、原告申請の公衆浴一場の設置場所から条例所定の制限距離内に右倉敷湯が既許可公衆浴場として依然存在するものとして誤認してなされた点において瑕疵のある違法の処分であり、これにより原告はその申請の場所で公衆浴場を経営できない結果になる。しかしながら右倉敷湯が公衆浴場としての機能を喪失する程度に焼失したかどうか、したがつて右焼失により倉敷湯についての営業許可が消滅したかどうかの判定は必ずしも容易ではないから、右瑕疵は明白な瑕疵ということはできず、本件不許可処分を無効ならしめるものではないと解する、

四、そうすると、本件不許可処分の無効の確認を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 清水嘉明 小河基夫)

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